闘病記《生活習慣病からの脱却》

トロント;ジミー狩野

朦朧(もうろう)としながら、身ぐるみ剥がされ生まれたままの姿にさせられている自分に気がつき、ハッとなって我に返った。私は、救急病院の ICU のベッドの上に寝かされていた。もう5時間近くも昏睡状態が続いていたという。その間に、MRI や脳波、心電図などで、様々な緊急医療検査が行われていたそうだ。私は死の淵を彷徨(さまよ)いながら生還したのだった。

大手スーパーマーケットの中で意識を失って倒れてしまい、救急車でこの病院へ緊急搬送されて来たのだということが分かった。しかも「脳梗塞」の疑いが持たれていた。

精密検査の結果、脳梗塞ではなく「膵臓の機能不全」ということが判明した。これは膵臓から出るホルモン(インスリン)の異常のために発症する極度の「低血糖症」で大変危険な症状なのだ。最悪の場合は死に至るという。

私には過去30年以上も「糖尿病2型」という持病があるが、低血糖症で倒れたのはこれが初めての経験だった。ところが、同時に両足には思いもよらぬ進行性の壊疽が見つかり、悪化すれば「両足の切断」という予期せぬ宣告も受けてしまった。それを聞いて愕然となり頭の中は真っ白になっていた。

狼狽する私に追い打ちをかけるように、倒れた翌日には運転免許の「即時停止勧告」の書状まで届けられた。お役所仕事とは思えぬ速さだった。

突然、私に降りかかった予想もしないこの出来事は、まったく「不幸中の幸い」だった。それは倒れてから病院へと搬送され初めて「膵臓の機能不全」という考えてもいなかった原因が判明し、又信じ難い「両足の壊疽」も見つかったからだ。

5~6年前から両足に発症したその炎症は、悪性の皮膚炎だとばかり思っていた。しかし、毛細血管に血が通わず、抹消神経が麻痺しているそうでまったく痛みも痒みもなかった。ホームドクターはそれが壊疽だとは診断してくれず、ただクリームを塗っておくようにと化膿止めの軟膏と痒み止めのクリームを処方してくれたのだった。病院へ搬送されていなかったら、それらは発見されることもなくそのまま益々病状が悪化し、最悪の事態を招いていたことだろう。

しかも、意識を失ったのが、もし車の運転中だったら間違いなく大きな事故を起こしていたに違いない。又、その日の朝、私はクリニックの駐車場でワイフが目の検診から戻るのを一人車の中で待っていたのだ。もし、その時、そのまま周りに誰もいない車の中で意識を失っていたら、きっと私は助からなかったにちがいない。でも、どうして急にスーパーへ買い物に行ったのかはいまだに思い出せない。どれを考えてもまさしく「不幸中の幸い」だった。しかし、改めて糖尿病の合併症という怖さを思い知らされたのだった。

糖尿病については、かなり昔からから医学書やインターネットなどで調べていたので発症メカニズムや合併症の恐ろしさは分かっていた。いや、知っているつもりだった。しかし、自分が糖尿病にかかっているのに、それを他人事のように思っていたのだ。糖尿病になりはじめの頃には、何ら病気らしい兆候が現れるわけでもなく、自覚症状がまったくない。痛くも痒くもないからだ。迂闊にも糖尿病を軽く考えていたのだった。合併症が悪化してやっと糖尿病の怖さに気づかされる結果となってしまった。

糖尿病2型の典型的な3大合併症は、網膜症、神経障害、腎症といわれている。

私の場合、最初に現れたのは目の神経障害だった。それは物が二重に見えるという厄介な病気で、瞳を動かす神経が麻痺していたのだ。さらに、話し声や周りの音が聞き取りにくくなる難聴が始まった。これも神経障害だった。

「うっ血性心不全」という心臓病に見舞われた時は、完治するのに約3年間の闘病生活を余儀なくされた。それ以来、無理が利かなくなり肺炎、腎臓障害、前立腺肥大と次々に発症していった。

白内障のレーザー手術と角膜移植を受けた時は、すでに道路交通標識がぼやけて見えづらくなり、とくに暗くなってからの車の運転は危険極まりなく、追突事故を起こしそうになったことも何度かあり、自分でも車の運転を自重するようになっていた。今思えば次々に発症した疾患は、まぎれもなく糖尿病の合併症だった。

しかし、今回の救急病院搬送騒ぎのおかげで、スカーボロー病院にある糖尿病患者のための特別教育プログラムで、優秀な糖尿病の専門医や専属の看護師と管理栄養士などで組織する医療チームのお世話になった。おかげで、私は初めて糖尿病と真剣に取り組むことができ、2週間に一度通院しての検診が始まった。

血糖値は毎日2時間おきに測定し、その測定検査値を医療チームに報告し、専門医や看護師の指示を仰ぎ、また管理栄養士からは私に必要な「糖質制限食事療法」のための特別メニューなどを教えて貰いそれを実践している。

一般的な糖尿病患者には、野菜50%、たんぱく質25%、炭水化物25%を摂るように奨励されている。しかし、私に指示された「糖質制限食事療法」は、弱った膵臓の機能を元通りにし、両足の壊疽の原因である血行不良を改善し、酸性になっている血液をアルカリ性に変えるための食事療法なのである。

その特別メニューとは毎日朝昼晩大盛りの生野菜サラダをレモン汁だけで食事の時最初に食べること。サラダドレッシングやオイルは一切使用しない。とくに、キャベツ、玉ねぎ、キノコ類と海藻類を摂るように心がける。炭水化物は一日 1/3 カップのオー

トミール、又は少量の玄米食かライ麦のパンのみとする。糖質はすべて果物で摂るが、必ず決められた種類の果物で決められた量だけを摂取する。砂糖又は糖分含有の食品、とくにケーキや甘い菓子類は厳禁。又ソフトドリンクや糖分を含む飲み物も一切禁止なのだ。肉やハム、ソーセージ類を少量に減らし、その代わり食べるのが嫌いだった魚、特に鯖、鰯、秋刀魚など青魚を食べる。高カロリーな食油を使った揚げ物や焼き物は厳禁、バター、マーガリンも使用出来ないのだ。すべて蒸すか茹でる料理方法に変更する。砂糖とクリームをたっぷりと入れていたコーヒーもブラックにする。

食べる順番も守らなければならない。「野菜類」を最初に食べ、「魚や肉類」に続き、最後に炭水化物の「ご飯、麺類、パンなど」を食べる。しかも、大事なことは、決まった時間に朝食、昼食、夕食の3食を必ず摂るように心がける。絶対に食事を抜かない。間食をしない。そして、午後8時過ぎには一切食べ物を摂らない。当然ながら暴飲暴食は厳禁だ。

私はお酒を飲まないが、人一倍の甘党だ。魚を食べるのが嫌いで、好物の肉類や真っ白いご飯と麺類やパスタは欠かせない。味付けも濃厚で、しかもこってりしたものが好きだ。そして、いつも野菜不足なのだ。食べることが好きで大食漢なのが最大の欠点だ。

これでは糖尿病にならない方が不思議だ。だが、生活習慣病を改善する持続性がないのを私自身がよく知っているので、始める勇気がなかったのも事実だ。

このように、私のための「糖質制限食事療法」はかなり厳しい食事制限なのだ。長年の食事の習慣を改善するにはかなりの根気と努力が必要で、辛抱と忍耐が要求される。

これは昔からの私の食習慣をすべて覆すような食事だが、糖尿病を甘く見た結果の試練と思い辛苦に耐えてこれを真面目に実行している。すでに4ヶ月が過ぎようとしているが、家族のヘルプがそれを後おししてくれたこともありがたかった。

ところで、私は4人兄弟だが、みんな糖尿病に冒されている。まぎれもなく私の糖尿病は遺伝的要因が強い。私の母方の祖母も糖尿病だったのをよく覚えている。しかも、私は肥満体で運動不足が重なり、遺伝的にインスリンが効きにくい状態(インスリン抵抗性)なのかも知れない。

しかし、「糖質制限食事療法」を続けすでに4ヶ月になるが、病院の専門医や医療チームの関係者が驚くほど、みるみるうちに改善の兆候が現れている。まず体重が87kgもあったのが、79kgになり8kgも減量に成功している。目標の75kgまであと4kgの減量だ。両足の壊疽も、言われた通り保温を心がけ血行をよくする努力をした甲斐があり、右足の炎症はほとんど消え、左足の火傷のような炎症もかなり小さくなってきた。指先の感覚も戻り始め、痺(しび)れたような感覚も徐々になくなっているようだ。ただ、左足親指の爪は残念ながら腐って抜け落ちたまま再生してくることは不可能だろう。しかし、食事療法でこれだけの変化が現れるとは初めとても信じられなかった。

嬉しいのは、あれほど極端に上がったり、突然下がり過ぎたりしていた血糖値が決められた範囲内に収まっていることだ。今はインスリンの量もそれまで注射していた量の 1/7 に減らされている。これにはこの私が信じられないほど驚いている。

悪化の一途を辿っていた私の糖尿病が、10数年ぶりに改善されたのだ。倒れてから2週間に一度の専門医の検診も必要なくなり、すでに6ヶ月に一度と予約スケジュールが改められている。病状が改善したなによりの証拠だ。

このまま順調にいけば近い将来「インスリンを注射する必要がなくなる」とまで専門医に太鼓判をおされている。

几帳面にホームドクターの検診を、過去30年間3ヶ月に一度は必ず受けて来た。しかし、糖尿病の合併症に冒されているとは知らず、従って糖尿病の根本原因が改善されるわけでもなかった。常に爆弾を背負っているようなものだった。「糖尿病は一生付き合って行く病」と言うが、私はどこか他人事のように軽く考えていた。しかも、「一生治らない病気」と聞いた途端にもう半ば諦めにも似たまるで投げやりの気持ちになっていたのだった。すべてが自業自得と後悔している。

糖尿病に関しては様々な情報が氾濫している。しかし、どれを信じて良いのかも分からずただ自暴自棄になっていたのかも知れない。だが、自分に必要な治療方法を指示して貰い不治の病であるはずの病気だが、「糖尿病は必ず治る」という実感が湧いてきた。

私は今、「糖尿病を必ず治してみせる!」という信念のもとで、「生活習慣病からの脱却」を自ら実践しようとしている。

ー完ー

2017年3月15日記

 

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