カウンセラーのコーナー:JSSのカウンセラー業務について

公家孝典(JSSカウンセラー)Kuge2
ジャパニーズ・ソーシャル・サービス(JSS)での 私の勤務も9年目に突入いたしました。この8年間、私なりに精一杯JSSのカウンセラーとして働いてきたつもりですし、JSSというエージェンシーとしては、20年近くにわたり主にGTAの日系コミュニティーに質の高いソーシャルサービスを提供してきましたが、未だに「JSSがどういうことをしている団体なのか、よくわからない。」とか「本当に必要な機関なの?」というような声もあることは、私もしばしば耳にします。しかしながら、カウンセリングの性質上、守秘義務に基づく機密保持が大前提であり、その功績や貢献度などを外に向けてあえてアピールすることは皆無なので、JSSの知名度がそれほど高くないのは至極当然なのかもしれません。
JSSは、在トロントのその他の日系の団体に比べても、規模も小さく、知名度は決して高くありません。が、実のところJSSはGTAに限らず、オンタリオ州、またはカナダ東部という風に地域を広げても、日系で唯一のオフィシャルに非営利慈善団体(Non-profit Charitable Organization)として登録されているカウンセリングエージェンシーです。
JSSのカウンセリングサービスの利用者の実数は月平均で55~60人くらいのもので、25,000~30,000人といわれるGTAに居住する日系人の総数から見れば、数字的には極めて小さな数字であるかもしれません。しかしながら、カウンセリングエージェンシーの見地からは、月平均55~60人という数字も、フルタイムのカウンセラー1名と週二日勤務のパートタイムのカウンセラー1名で対応するケースロードとしては、非常に重いものです。
今回は、JSSがどういう事をしている団体なのか、コミュニティーを対象にJSSが提供している様々なプログラムはまた別の機会にご紹介させていただくことにして、JSSのカウンセリング業務について少々ご報告させていただきます。
JSSのカウンセリングの特徴:
◎カナダの資格を持ったカウンセラーによるカウンセリング
現在、JSSではフルタイムの男性カウンセラー1名、パートタイムの女性カウンセラー1名の計2名がカウンセラーとして勤務しています。両カウンセラーとも日本育ちですが、男性カウンセラーはノバスコシア州のAcadia Universityでカウンセリングの修士号、女性カウンセラーはアメリカの University of Michigan でソーシャルワークの修士号を取得しており、両名ともカナダで通用するきちんとした資格を持ってカウンセリング業務にあたっております。
◎文化的背景への配慮
JSSのカウンセラーは、日本語および日本の文化や価値観を深く理解しています。JSSのカウンセリングを利用される相談者の9割近くは日本語が第一言語の方々です。これは、カウンセリングで悩みや心の痛みを相談される際には、英語の習熟度が高い方であっても母国語である日本語のほうが心や感情の細部まで表現しやすいし、言語だけでなく人間の思考パターン、価値観や判断基準にはその方の生まれ育った文化的背景が大きく影響を及ぼしていることが多いからでしょうね。『日本の文化および価値観に深い理解のあるカウンセラーが、相談者の母国語である日本語でカウンセリングを提供できる』ということはJSSのカウンセリングの最も重要な特徴です。
◎相談者中心のアプローチ
問題を解決するためのアドバイスをしてくれるのがカウンセラーであると思われがちですが、実際のところカウンセラーの最大の役割は、「相談者のことを最も理解しているのは相談者自身である」という基本理念に基づき、相談者自身がその悩みや問題について「自分は、本当は何をどのようにしたいのか」という問題解決の糸口を見つけることを手伝い、その後は相談者が主体的に問題解決のためのプロセスを進めていく手助けをすることです。ケースによっては、カウンセラーがある程度主体的にリードしていくこともありますが、JSSのカウンセリングは基本的には『相談者中心のアプローチ』を取っており、カウンセリングは相談者のニーズとペースに基づいて進められます。このアプローチの最大の利点は、カウンセリングを通じて相談者自身が実生活の問題や悩みに自ら主体的に対応していくスキルを修得することができ、カウンセリング終結後もこのスキルを日常生活に活かしていけることです。
◎『ソーシャル・ワーク』と『個人/カップル/ファミリーカウンセリング』の組み合わせ
JSSのカウンセリングは、相談者がトロントの地域社会に適応することをサポートする『ソーシャル・ワーク』(例:トロントで利用可能な多種多様なパブリック&プライベートの専門機関や社会福祉プログラム/サービスへの紹介および照会)と自己理解/カップルの相互理解/家族間の相互理解を深めることにフォーカスを当てた『カウンセリング』を組み合わせています。ケーススタディーを一つ上げてみましょう。
≪ケーススタディー1≫
主訴:夫からの激しいドメスティックバイオレンス(夫婦間・パートナー間の暴力)
相談者:日本人女性(カナダの永住権有・子供有)
相談者への個人カウンセリング:
– 相談者が受けてきた精神的ショックの緩和
– 現在相談者および子供が置かれている状況の正しい理解の促進(暴力的な夫のマインドコントロール下にある場合も多いので-例:お前はオレがいなければ生きていくことはできない/オレと別れたら子供と二度と会えなくしてやる、などなど)
– 相談者がこれから取れうるオプションを出来るだけ明確にし、どのオプションが相談者自身と子供にとってベストなオプションであるかを見極めるためのサポート
– 居住環境および生活環境が落ち着いてきたら、長期にわたるDV(ドメスティックバイオレンス)の影響で低下しているセルフ・エスティームの向上を図るためのカウンセリングの提供
相談者の子供への個人カウンセリング:
– もし、子供も暴力を受けていたり、父母間の暴力を目の当たりにしてきていることで精神的なショックがある場合には、子供へもカウンセリングを提供する。(子供が日本語のほうが強い場合はもちろんJSSがカウンセリングを担当することが多くなる。また、トロントにはDVを経験した子供へのサポートに特化したカウンセリングエージェンシーもいくつかあるが、ほぼどのエージェンシーも半年以上のウェイティングリストがあるため、カナダ生まれの日本語より英語のほうが強い子供でもJSSが英語でカウンセリングを提供することは少なくない。)
相談者とその子供へのファミリーカウンセリング
– もし、ドメスティックバイオレンスの悪影響で、相談者である母親と子供の間の親子関係がこじれているような場合には、JSSはその関係をより健康的な形に戻すためにファミリーカウンセリング(親子カウンセリング)を提供する。
ソーシャルワーク:相談者の決断に応じて、JSSが連絡・連携をとりうる外部機関
– 病院(相談者、または子供に怪我がある場合)
– Police(相談者が、暴力を受けたことを警察に通報したい場合、および子供への暴力もあった場合)
– Children’s Aid Society(子供への暴力があった場合)
– Family Shelter(相談者が、暴力的な夫のもとを離れ緊急に避難したい場合)
– Family Lawyer(相談者が、暴力的な夫との別居、離婚を進める場合)
– Legal Aid(相談者が、個人的にFamily Lawyerを雇うことが金銭的に困難な場合)
– Ontario Works (相談者に収入や預金がなく、金銭的に困窮している場合)
JSSのカウンセリングの重要性と対応の状況:
JJSSのカウンセリング業務では、例として挙げたDV(夫婦間・パートナー間の暴力)に関わるケースのほかにも多種多様なケースに対応しておりますが、「問題を抱えていることはできる限り秘密にしておく」気質の強い日系人の方々が「これはもう自分だけではどうしようもない」と悟り、切羽詰まり、意を決してコンタクトされてくることがほとんどなので、多大で長期にわたるサポートを必要とする深刻なケースが多く、中には大げさでもなんでもなく「命に関わるケース」も含まれています。
「命に関わるケース」として最も多いのは、相談者が極度の抑うつ状態で希死念慮(自殺願望)が高いケースで、中には自殺未遂をして病院に運ばれ精神科医からカウンセリングを受けるように言われてJSSにコンタクトしてくる相談者もいます。
また、カナダに全く身寄りが無く、病気や高齢で余命わずかな相談者の残り少ない時間にJSSがサービスを提供し、その最後を看取るようなケースが今年度は2件ありました。そのうちの1件では、末期がんでホスピスで過ごされていた相談者の最後の3カ月ほどの間、「カウンセリング」とこの相談者の最後の希望であった「日本食の差し入れ」をJSSのスタッフとボランティアがフル稼働で提供し、亡くなった後のすべての作業もJSSのスタッフが主導しました。
もう一方のケースでは、高齢で全く身寄りが無く、英語がほとんど話せない長年にわたる相談者に「カウンセリング」と「診察時の通訳」を提供し、亡くなった後の葬儀・埋葬までJSSが主導いたしました。このようなケースはGTAの日系コミュニティーの高齢化が進んでいることもあり、今後さらに増えていくものと予想しております。
また、2014年1月1日から9月30日までの9ヶ月間で対応したDV(夫婦間・パートナー間の暴力)に関するケースは48ケースありましたが、中には一歩間違えれば殺されかねないほどの身体的暴力を含むDV被害者である相談者にJSSがサポートを提供するケースもあり、これらもまさに「命に関わるケース」ですよね。
学校での「いじめ」に苦しんでいる学齢児童にカウンセリングを提供することもありますが、日本ほど多くないとは言え、カナダでもいじめを苦にして自殺する学齢児童が皆無ではないことを考えると、このようなケースも「命に関わるケース」といえますよね。JSSからのサポートが特に重要になるのは、そのいじめにあっている子供およびその親御さんがカナダに来てまだ間もなく、英語でのコミュニケーションが難しいケースですね。いじめのケースでは被害にあっている子供へのカウンセリング提供はもちろんですが、JSSカウンセラーがその子供の通っている学校の校長先生やスクールカウンセラーと連絡・連携を取り対応することも多いです。
上記しましたように、JSSカウンセラーはしばしばクライアントの死に接することがありますが、逆に、新しい命の誕生に関わるケースもあります。たいていのケースは、相談者が妊娠しているがワーキングホリデーや留学などの一時滞在ビザで滞在中のOHIPの無い場合、おなかの子供の父親が責任ある対応を取れない場合、またはその両方が当てはまる場合です。さらに、おなかの子供の父親から相談者への暴力がある場合も多々あります。特に相談者のカナダでのステータスが不安定な場合、まず妊娠している相談者が産むか産まないかを決めるまでにたくさんのカウンセリングを要することが多いです。「産む」ということが決定されると、次はカナダで産むのか、日本で産むのかをカウンセリングを通じて決めていくことになります。そこで、「カナダで出産する」という方向に話が進んでいくと、外部の関係諸機関と連絡・連携をとる必要が出てくるので、JSSカウンセラーはソーシャルワークの領域の多大なサポートを提供することになります。外部の関係諸機関の例として、ファミリードクター、ミッドワイフ(助産婦)、女性擁護団体、家庭法の弁護士、移民法の弁護士、リーガルエイド・オンタリオ、ファミリーシェルターなどが挙げられます。このようなケースは極めて多大な時間と労力を必要とするのですが、「新しい命の誕生」はいつでも格別な経験で、その一端をお手伝いさせていただいてることを光栄に感じます。
最後に:
JSSのカウンセリング業務の一片をご紹介させていただきましたが、ここで「JSSが本当に日系コミュニティーにとって必要な機関かどうか?」という問いに関して、私なりに回答させていただくならば、「ご自身だけではなかなか解決できない深刻な問題を抱えていて、苦しい状況に置かれている方々の多くにとってJSSは“最後の砦”のような機能を果たしており、それ故必要な機関である」となります。