いつまでも元気で、現役で

船坂まりms. funasaka
皆さんから 「マリさん、いつもお元気一杯ですが、その秘訣は何ですか?」と質問されますと、91歳と半年になった今、私の健康法とは何なのだろうと考えてしまいます。 特別に何かしているという事は思いつきませんが、私の人生を振り返ってみて、そこから元気の素になるものを思い出せればと思い、私の半生記を簡単に書かせていただきます。
私が20歳になる頃までの日本は、満州事変に始まり、支那事変、太平洋戦争から第二次世界大戦の渦中で、私自身はその間軽い肺結核に悩まされ続けていて、今こうしてこの年まで生きているなんて、想像もつかない事でした。
良薬の無い時代、病人は唯安静と栄養摂取の療法しかなく、物資がどんどん無くなっていた時でしたから、母がどんなに苦労して私に栄養補給してくれたかと思うと、今でも感謝の気持ちで一杯です。
戦中、戦後にかけて色々なことがありましたが、20歳を過ぎる頃からすっかり健康を取り戻し、昭和23年3月、24歳で船坂と結婚して、初めて京都を離れて上京しました。
当時、東京都内は人口制限で住めず、旧三井物産が海外から戻ってくる社員の為に、元中嶋飛行機の寮を買い上げた三鷹の社員寮に入居したのですが、6畳一間に小さい台所が付いているだけの狭い所で、びっくりしました。
ただお部屋が西向きだったので、窓越しに富士山が見えるのが嬉しかったし、狭い廊下を挟んで両側に住んでおられた皆さんが「新婚さんいらっしゃい」式に親切に色々教えて下さり、本当にありがたい事でした。
船坂と共に53年半を東京、モントリオール、大阪、東京、香港、トロントと過ごし、その間に息子3人も得ましたが、何より幸せだったのは家族一同が大病不知で暮らせた事です。Cruise Mrs. Funasaka
船坂を見送った後、いつの間にか13年もすぎ、殆ど毎年1~2回は日本に行って身内やお友達と再会を喜び、此処でもお誘いをうけてあちこちに旅行をしています。 3年前には友人と二人で英国、スコットランド、アイルランドを周遊する12日間のクルーズを楽しみました。 旅行の他には読書を楽しみ、コンピューターを習い、e-mail も出来るようになって、老後の楽しみも増えました。
今も買い物や友人のお宅を訪ねる時は、車を運転して行きます。
「健康の秘訣は何か?」というご質問ですが、 本当は左膝の関節炎や糖尿病、高血圧、高血糖と成人病もありますが、薬のおかげで日常生活には支障なしです。 運動といえば、冬の間は住んでいるコンドの廊下を、毎朝半時間以上歩き、暖かくなると、お隣のコンドにお住まいの友人と誘い合って、1時間ほど近所を散歩することでしょうか? これももう6、7年続いております。
もっと他には?と考えるのですが、無理にこじつければ、出来るだけ朝は6時頃起床し、夜は12時前後に就寝。 朝食は7時、昼食12時頃、夕食は7時頃と規則正しく過ごそうと努力しています。
もう一つ健康に良い物はないかと考えましたら、自分の持って生まれた性格もあるかもしれません。何事につけ、おおらかと言えば聞こえがいいけど、何事も深刻に考えず、なんでも成る様にしかならない。つまりずぼら精神ですし、喜怒哀楽という言葉のなかで、私にはどうも怒は抜けているようで、怒っていてもすぐ、「まあ、いいか」と忘れてしまいます。なんでも可笑しくて、仲々笑いが止まらず閉口しますが、「笑いは健康の素」とも言われ、又「笑う角には福来る」の言葉どおり、楽しく笑っている間に年月が過ぎ、91歳まで生きて参りました。
どこにいても親切にしてくださる先輩、後輩の方々がいて下さるのが、私の一番の宝物だといつも感謝しています。