吉田牧師:長年のメンバー・サポーター

Rev Yoshida
エドワード吉田牧師はウエスリー日系教会の牧師です。吉田牧師は、ジャパニーズ・ソーシャル・サービス(JSS)の前身であるジャパニーズ・ファミリー・サービス(JFS)の発起人のひとりであり、両方の組織を通じて25年間という最長期間の会員であり、また寄付者であられます。JFS の歴史と、我々のコミュニティーにおいて現在のJSSが果たしている役割について、寄稿して頂きました。
もしJSSが無くなったら?
エドワード S. 吉田元牧師/JSS会員
ソーシャルワーカーである節子サーローさんから初めて電話がかかって来た当時、私は、オンタリオ州政府の家族カウンセラー兼保護観察官として働いていました。1980年にジャパニーズ・ファミリー・サービスが発足される、数か月前のことです。 311 ジャービス・ストリートにある家庭裁判所で、カウンセラーという私の立場上、大抵は通訳が必要な日系の人たちに関する事例を割り当てられていました。これは、家庭内暴力や妻子不法遺棄、財政的無責任、第三者による結婚侵害、心的うつによる万引き行為、そして姻族の干渉・妨害行為などを含むものでした。節子さんは、トロント市の社会福祉課でフルタイムの勤務をしていたにもかかわらず、時には、他の社会福祉施設や学校、裁判所、さらに病院などから要請され、日英2カ国語通訳の仕事もこなしていました。
ジャパニーズ・ファミリー・サービスが誕生する以前は、このような事例は地元の教会の牧師達や仏教会の僧侶に相談されていました(私もその中の1人で、2足のわらじをはいていました)。日系の相談者たちは、個人情報の漏洩を恐れていた為、相談をためらっていました。それ故、節子さんからのお誘いがあった時、非公式の社会福祉として働いていた他の人達も、初期の組織作りのために、彼女の自宅か、あるいはJCCCでの会議に集まりました。彼女の案は、人々の共感を呼んだのです。
私がこの新しい組織に参加したもう一つの動機は、聖書です。キリストは教えを説くだけではなく、食べ物、衣服を与え、癒し、希望をなくした人々を助けているのです。私はこのような人たちを救うこともまた、聖職者としての使命だと感じました。 私は、コミュニティに奉仕するのに、ジャパニーズ・ファミリー・サービスが最高の組織だと思ったのです。
組織の発足から20数年、ジャパニーズ・ファミリー・サービスの支援活動は著しい変化を遂げました。それらのサービス内容は成長、変化し、よりコミュニティーが必要とする分野に広がって行きました。
カナダに新しく来た人達のための英語教室も始まりました。健康や病気予防、痴呆症の問題、社会の安全に関するセミナーや講義、このような問題に関するオンタリオ州のパンフレットの翻訳、そして、その他各種の照会も手がけるようになり、『ジャパニーズ・ファミリー・サービス』という名前が、あまりにも狭義的に聞こえるようになってきました。そのような経緯から、2000年に、『JSS ジャパニーズ・ソーシャル・サービス』に名前が変更されました。
現在、ジャパニーズ・ソーシャル・サービスでは一名のフルタイムのカウンセラーと、一名のパートタイムのカウンセラーがいます。この二名で年間何百もの事例を取り扱っています。又一名のフルタイムの事務員は、オフィス業務やJSSが催す様々なプログラムを整える業務を担っています。さらに、まことに多くのボランティアからのサポートを受けています。そして勿論のこと、理事会の皆様もボランティアです。
もし、JSSが日系コミュニティから無くなったら、社会福祉のサービスを必要としている第一言語が英語ではない日系の人たちは、一体どこに行けばいいのでしょうか? 日本政府もそれらの問題に注視し始めています。 今この比較的あまり知られていない組織であるJSSは、資金や時間を提供してくれる、信頼ができ、継続的で定期的に協力してくださるサポーターやボランティアが必要なのです。